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世界市民妄想と八紘一宇
2005年04月06日
最近何かと「世界市民」「アジアの市民」といった物言いを耳にする。言っておられるのは主に左バッターの方々で、実際に市民団体やら民主党やらが出してくる憲法改正案等は大体がこの発想を基にしており、日本国民・日本民族・日本国という概念を極端に嫌っているご様子です(;´Д`)
要するに「日本」という矮小な民族性から脱却することで、世界平和や国際協調に加われる国際人を目指して行こう…という美しい理屈だとは思うのですが、もし朝鮮人や漢民族に対して「もう民族なんて概念は古いし、民族主義はイコール差別的ですよね。これからは世界市民ッす!」と説教を垂れた場合、「ハイそうですね、もう朝鮮民族は偉大だとか決して言いません」とスンナリ理解して頂けるものなのか。そんなワケはないですナ。こんなものは先方に対する侮辱でしかありません。
要するに、極東における「日本という属性を放棄すること」を前提にしたナンチャッテ世界市民妄想は「日本側の一方的な反日自虐行為、もしくは善意の国際的押し売り」に過ぎないのではないかと思うのです(*゜ω゜)ノ
大体「A→Bは認められるが、B←Aは認めない」なんて不平等なお題目を土台にした相互理解は不可能だし、そこにあるのは隷属という不幸な関係と、限りなく生み出される憎しみの再生産以外はあり得ません。それこそ左バッターの人たちが唾棄する、植民地支配やら帝国主義と大差が無いと言えましょう。
かといって「一緒に民族のアイデンティティを放棄する」よう、左バッターの方々が中朝韓に求めて行くことが出来るのか?と言えば、正解は皆様がお気づきの通り、無理ヽ(´▽`)/
「多様性の尊重」を叫ぶ癖に、日本という様式を極端にまで憎んでいるような連中に、もともと公平だの平等だのと理屈をこねる権利があるとも思えません。互いの民族性や多様性を尊重したまま、国際社会に出ることが理想…というか当たり前なのであって、日本解体を必要工程とした「世界市民」妄想は、要するに「反日」としか訳せないシロモノです。
もっと言えば、八紘一宇だの五族共和だのより、ナンチャッテ世界市民妄想のほうが危険で暴力的。まあ元々「共産主義で世界を真っ赤に!警官ぐらい焼き殺したっていいじゃん」なんて運動をしていた連中の戯言だと考えると、目くじらを立てる程の事ではないのかも。
どれだけ平和市民のツラをかぶっていても、中身は単なる思想の押し売り。強制や差別が大好きな全体主義者の集合体。自分たちが悪魔だ何だと罵っている旧軍の軍人たちや、スターリニストと大して変わらない。そんな革新勢力しか持たず、自民党に票を入れるしかない「不満があるけどまあ保守中道」ってな日本人は、やはり救われない存在なんでありますな。
ヨシフ・スターリン。略してヨシリン。含蓄のある駄洒落が出てきたところで、今日はこれまで(*゜ω゜)ノ
書いた人 田中 : 2005年04月06日 20:58
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