第二次朝鮮戦争(朝鮮消滅事件・半島動乱)年表 平成15年 2月14日  鄭夢準、かつての部下からの告発により、脱税、収賄など十数項目の罪状にて全国に指 名手配。鄭夢準は即座に国外に逃亡、以後消息不明。 3月21日  イラク攻撃による中東情勢の悪化と原発停止によるエネルギー危機問題、および北朝鮮 危機の収拾に失敗した小泉内閣に対して不信任案が可決される。小泉総理は直ちに衆議院 を解散。 3月22日  石原東京都知事が中央政界復帰及び新党設立を宣言。自民党改革派、民主党右派、自由 党、更に保守新党の一部を取り込み「新自由民主党」を立ち上げる。小泉前総理は野中氏、 橋本氏、亀井氏らと緊急会談。自民党政権維持の為の挙党体制の確立で合意。 3月24日  選挙日程が確定する。5月4日というあまりにも露骨な浮動票切り崩しを狙った日程に、 読売新聞、産経新聞がその社説で自民党首脳部を痛烈に批判。 4月 3日  鳩山前民主党党首が、石原都知事辞職に伴う都知事選に立候補を表明。即日、新自民党 からの公認を受ける。民主党から更に中間派、中道左派が新自民党に合流。 4月初旬〜中旬  高い支持率を順調に伸ばす新自民党に対して、北朝鮮は繰り返し強い非難を行う。が、 石原氏を始めとして新自民党は冷静に対応。特に4月16日の「東洋のヒトラー、石原は朝鮮 民族のホロコーストを企む人類史上最悪の精神異常者だ」との平壌放送における北朝鮮の 声明に対しての「ほら、よく小学生の時に言ったでしょう。人にバカという人が一番バカ なんだって。キチガイにキチガイといわれても別に気にしないよ」という返事は有名であ る。この談話は、放送倫理規定にも係らずそのまま放送した局もあった。 余談であるが、問題の平壌放送において声明文を読み上げるアナウンサーの表情を収めた 録画は、人類研究学者及び各種精神病学会に対して貴重な史料を提供した。 4月21日  北朝鮮は佐渡沖500kmにおいて、中距離弾道ミサイルを用いて核爆弾を爆発。海上大気内 核実験を実施。同時に「米政府は日本の反動侵略主義者政権成立を阻止し、共和国との相 互不可侵条約に直ちに調印せよ」との声明を発表。アメリカ、及びウラヂオストックの目 の前で核実験を実施されたロシアは決定的に態度を硬化させる。 4月22日  石原新自民党党首が記者会見を行い、国民に旅行(特に海外旅行)の緊急自粛を要請。 運輸省及び外務省はこれを無視するも、旅行代理店は自主的にこの要請に従い、パックツ アーのキャンセルが相次ぐ。 4月22日〜5月3日  国内ではレジャー自粛と共に、北朝鮮との軍事衝突が国民の間で強く懸念される。保存 食や飲料水の備蓄が草の根レベルで広がる。 5月 4日  衆議院総選挙投票日。空前の投票率を記録したこの総選挙は新自民党の圧勝に終わる。 自民党は民主・公明・社民・共産他、新自民党以外の全ての党と連立し辛うじて政権を維 持する。 5月12日  テレビ朝日「ニュースステーション」、久米宏が放送中にキャスターを無視して観光PR を行う韓国大統領対して暴行。5月17日に打ち切りが決定。 6月 2日  盧武鉉、財閥の解体と労働組合基本法案を発表。スト権の大幅な拡大などを嫌気して、 外資が相次いで撤退を検討に入る。 7月 1日  韓国でアメリカ軍兵士に対する殺人事件が発生。米陸軍兵士3人が殺害される。韓国 マスコミは殺人犯を英雄として報道。反米感情は頂点に。 7月20日  アメリカ軍、イラク全土を完全制圧。部隊展開を極東へシフトし始める。 8月上旬〜  韓国、経済危機深刻化。5月のGDPは前年比-30%。 10月10日〜  韓国株式市場崩壊。平均株価は以後一週間で実に1/5にまで下落する。 10月24日  10万人規模の、今年最大のデモがソウルで行わる。盧武鉉の経済失政を非難するデモ隊 と警官隊・軍隊が激しく衝突。この月だけでも、デモにおける死者が実に100人を超える。 10月25日  盧武鉉大統領が非常事態を宣言。夜間外出禁止、集会の禁止を軸とした戒厳令を敷く。 11月15日  ロッテが韓国からの引き上げを決定。これで1000万ドル以上の規模で韓国への投資を 行っている外資は全ての資産を引き上げた。 12月 3日  プーチン露首相来日。石原新自民党党首との会談における「シベリア抑留における旧ソ 連の行動について、率直かつ心からの謝罪を申し上げる」との発言に国内の対ロシア感情 は一転。 12月 8日  青瓦台において爆弾テロが発生。主要閣僚はほぼ全て死亡もしくは消息不明。直後に 鄭夢準が突如としてソウルに現れる。「統一救国戦線」を名乗りクーデターを実行。少壮 軍人と左翼活動家によるこのクーデターは成功。 12月10日  鄭夢準、韓国大統領に就任を宣言。在韓日米企業の資産凍結、日本に対する五千億ドル の戦時賠償の請求、三星財閥の完全解体と資産の接収及び貧民への旧三星資産の分配、対 馬の領有宣言を行う。韓国国民は熱狂的にこれを支持。 12月12日〜  鄭夢準、「韓国の政治と経済を混乱させた責任を追及する」と称して多くの国会議員や 高級官僚、軍幹部を即決裁判により銃殺。統一救国戦線のメンバー(殆どは元下級兵士と 学生運動家、左派労組幹部)が国家の要職を占める。 12月31日  鄭夢準、北朝鮮との即時統一と高麗連邦の設立を宣言。北朝鮮軍の大部隊が38度線を 越えて続々とソウルを目指す。「進軍してくる北朝鮮軍に対して、我が軍は一切の抵抗や 交戦を行ってはならぬ」 との大統領命令により、ごく一部の韓国軍部隊が抵抗したのを 除けば、殆ど無血状態で十万人を越える北朝鮮軍によってソウルは事実上占領される。 平成16年 1月 1日  金正日、ソウルを訪問。鄭夢準と会談。共同声明を発表する。 「金正日は朝鮮民主主義人民共和国主席及び高麗連邦の初代大統領に就任し、鄭夢準は南 朝鮮人民共和国初代首相に就任する。 なお、外交及び軍事の全権は高麗連邦に帰属する ものとする」 この声明により韓国国内に急激に反政府運動が広まる。 1月 3日  国連安全保障理事会が緊急に開催される。南朝鮮人民共和国及び高麗連邦を北朝鮮の傀 儡政権と断定。国連所属国に両国に対する承認を与えないことを勧告する。 1月 5日  「売国奴鄭夢準」を謳う20万人規模のデモが、北朝鮮軍により鎮圧される。警告なし で自動小銃を水平発射した為、死者500人以上と推定される。デモ参加者二万人以上が 拘束、北朝鮮へ送られる。 1月10日  スイスが南朝鮮人民共和国及び高麗連邦を承認。 1月11日  キューバが南朝鮮人民共和国及び高麗連邦を承認。承認したのはこの二カ国のみ。 1月29日  中国、ロシアと大陸横断パイプライン敷設で合意。天然ガスをウラジオストック経由で 大連まで供給。 2月 3日  北朝鮮において主体思想を体系化したとされる黄書記が、英BBCの秘密インタビューに 出演。北朝鮮と金正日を強く非難する。 「私は殺されてもかまわない。殺されても文句はいえない。私が主体思想などというもの をつくったからこそ人民が苦しんだ。あれは金親子を神格化し、他の人間から主体性を奪 い、奴隷にするためだけの思想だ。それに気づいたからこそ、私はここへ亡命してきた。 しかし、ここは同胞の国だった。ここへきたのは私に課せられた罰だったのだろう。そし て、私はもうすぐ処刑される。おそらく拷問が用いられる。金正日の性格からして間違い ない。多分拉致した日本人にも同じことがされる。彼らだけはなんとか救わなければなら ない。国際社会の決断が必要だが、中国は反対するだろう。日本人に言いたい。動くなら 今しかない。私の民族の狂気を止めてくれ。止められるのは日本しかない。そして日本が 止めなければ狂気は日本に襲い掛かる」 2月16日  金正日、高麗連邦首相として日本に対して声明を発表。対馬の割譲、1兆ドルの戦時賠 償の請求、靖国神社の爆破、天皇制の即時廃止、反朝鮮的言動を行う者に対する法的処罰、 自衛隊の大幅削減と各種兵器の統一朝鮮への引き渡し、日米安保条約の即時廃棄、統一朝 鮮に対して毎年3000万トンの重油の無償提供など。最後に「この要求を受け入れない 場合、我が統一朝鮮は植民地時代に朝鮮人民が被った例え様も無い苦痛と損害を、現代の 日本帝国主義者どもに対して味あわせる用意がある」と発言。 2月17日  石原新自民党党首、記者会見にて「論評にすら値しない。金正日は正常な判断能力を失っ たと判断せざるを得ない」と発言。 2月20日  「日本人拉致被害者虐殺事件」発覚。一説には鄭夢準が金正日に「もう拉致した日本人 に用はありません。過去の謝罪と賠償をしない日帝への見せしめに苦しめぬいて殺すべき です」と進言したとされる。この処刑は、凌遅刑と呼ばれる極めて残虐かつ異常な方法で なされた事から、世界各国は極めて強く反発。 同日、前年BBCのインタビューに出演した黄書記も同じ凌遅刑で処刑されたことが報道で 確認される。朝鮮中央放送は「人倫を踏みにじり、国家を滅亡させんとした大悪人に対し て とるべき処置は一つしかない」と論評する。 2月22日  ローマ法王が北朝鮮および韓国を強く非難する声明を発表。 2月23日  英国王が日本に親書を送る。文書内にて北朝鮮および韓国を強く非難。 2月24日  タイ王国が日本に慰霊の手紙を送る。文書内にて北朝鮮および韓国を強く非難。 2月26日  サウジアラビア国王、OPEC緊急総会にて演説。「朝鮮に報復するのであれば、我々OP ECは日本の必要とする石油を必要なだけ安価に提供する」と表明。OPEC緊急総会では、 北朝鮮および韓国に対する原油の即時全面禁輸が全会一致で決定される。 3月 1日  小泉首相がこれ以上の政権維持を断念し総辞職。「この国家の存亡の危機を防ぐには行 動力と決断力あるリーダーが必要です。私にはもうそれがありません。ですから私が最も 信頼し、国民からの信望あつい人物を指名します」と石原新自民党党首を指名。 3月 2日  臨時国会にて石原党首が新自民党および自民党の支持を受け首相に指名される。石原新 首相は即日第一次石原内閣を組閣。この内閣では、前例に拘らず民間人を大胆に起用した のが特色である。 国家公安委員長 (兼)国防大臣 平沢勝栄 法務大臣    江藤隆美 外務大臣    蓮池透 官房長官    鴻池祥肇 天皇陛下、石原首相の就任に際し、異例のお言葉を述べられる。 「わが国に襲い掛かる未曾有の危機を退け、国民を守り抜く事を強く希望します。あなた に与えられた権限は絶大なものです。控えめに行使してください。しかし、必要な時は必 要なだけ行使してください。日本のために」  同日、なんと石原内閣は当日に自衛隊国軍化法案と有事法制法案、国家非常事態対処特 別法案を国会に提出。即日委員会審議が開始される。 3月 3日  朝日新聞がその姿勢を180度転換。社説で「石原首相の決断は、国家危急の事態に即応 した勇気ある行動だ」と述べる。 3月19日  国連安全保障理事会が臨時開催される。多国籍軍の編成および派遣は中国の反対により 否決されるものの、北朝鮮及び韓国に対し、   (1)国連査察団監視下における、核兵器を含む大量破壊兵器の完全放棄   (2)軍隊の即時大幅縮小   (3)人権抑圧の停止   (4)日本人、韓国人を含む外国人拉致被害者及びその家族の即時全員帰国   (5)国際監視下における民主的選挙の実施 の五項目を要求、北朝鮮がこれを受け入れるまで、人道的援助を含む完全な経済封鎖を実 施するとの決議案を、米露英仏の賛成及び中国の棄権により採択。 3月28日  石原首相、プーチン露首相との会談において、シベリア−サハリン−稚内の天然ガスパ イプラインの建設で基本合意。同時に北方領土について「日本の主権を確認した上でロシ アが50年間租借する」との合意が成立。同時に漁業協定に関しても歴史的な合意が成立。 日露平和条約及び日露共同資源開発条約が締結される。日本の技術協力の元、シベリアの 石油・天然ガス・稀少金属の発掘・生産を行う事が決まる。 4月19日  東海大震災。愛知県沖を震源とするマグニチュード8.9の地震が発生。愛知・静岡は 震度8、東京も震度7が観測される。死者は4,950人を数えたが、緊急時の法体系の整備と 国軍の迅速な救助活動により、これでも地震の規模及び阪神大震災に比して死者は極めて 少数であったと評される。なお、犠牲者の9割が大阪・京都に集中した理由は、緊急時に 自分だけは生き残ろうとして、結局は集団行動が出来ずに被災・死亡した在日朝鮮・韓国 人が多数含まれている為とされている。 5月  主要国の相次ぐ参加中止により実施が危ぶまれていた世界陸上大会(決定時は韓国で開 催予定)が、かろうじて開催される。観客の一糸乱れぬマスゲームは各国選手および報道 陣を感心させたが、強風により各国の国旗が散乱、選手の一人が中国の国旗を踏んだ瞬間、 観衆が暴動を起こした。しかし、何故か新しく制定された高麗連邦の旗を踏んでも誰も文 句一つ言わなかったという。 6月14日  国連で蓮池外務大臣が演説。「自分の国の真の姿を見つめ、本当の誇りを持つことこそ が、お互いの尊厳を認めあう真の相互理解への道を開くことになる」と演説、満場の拍手 を受ける。以後、胸のブルーリボンがテロリズム撲滅のシンボルとなる。 6月17日  情報収集衛星が、朝鮮半島から多数の小型船が日本を目指して南下している模様を捉え る。海上保安庁及び海上・航空自衛隊に出動命令が下される。 6月18日  不審船が日本に接近。静止する海上保安庁の巡視船に向けRPG-7ロケットランチャーを 発射。巡視船は大破、死者は無かったものの重傷者3名を出す。 6月19日  前日深夜から海上自衛隊(当時)が対馬沖から日本海にかけて展開。武装難民を積載し た不審船全てを水際で撃沈。 7月 1日  予定を繰上げ、日本国防軍が正式に発足する。3自衛隊は発展的に解消。 7月 3日  国内で旧朝鮮人による暴動・略奪・テロが頻発。警察および国防軍がこれを鎮圧。首都 圏及び大阪では一部有志による自警団も自発的に組織され、国会議事堂や皇居等のの警備 に当たった。 7月 5日  所謂「皇居防衛戦」勃発。旧朝鮮人と皇居警備の機動隊と自警団が全面衝突。66,600人 の在日朝鮮・韓国人が皇居周辺に終結。子供と障害者を先頭に半蔵門から皇居に突入を図 る。火炎瓶と工作員が隠し持っていたAK47により機動隊員に死者14名、重軽傷者56名を出 す。石原首相及び江藤法務大臣の決断により実力による鎮圧が実行され、デモ隊は死亡28 000人、重症31,000人の大惨事となる。国民の反朝鮮半島感情、頂点に。 7月 7日  鄭夢準、所謂「皇居防衛戦」に対して「日帝による連邦公民の無差別虐殺、ナチスドイ ツのホロコーストの再現」と声明を発表。 7月 9日  金日成、所謂「皇居防衛戦」に対して「我々は日帝に無慈悲な報復を課し、日帝に我が 連邦の正義を示さなければならない」 と声明を発表。 7月10日  高麗中央日報(旧朝鮮日報と朝鮮中央放送が合併)「日帝による人倫を踏みにじる悪逆 非道な大逆罪に対し、わが国は団結して弾劾をしなければならない。全世界は今回の事件 で日帝が卑劣で鬼畜なる侵略者でしかない事を再認識した」と報道。 7月12日  所謂「大阪春の陣」勃発。7月なのに何故春の陣と呼ばれているかは謎。大阪城に終結し た朝鮮人集団が暴徒化。機動隊と一部有志の集団により鎮圧される。 7月18日  国連安全保障理事会及び人権委員会が緊急合同開催。「今回の事件は日本国の正当な警 察力の行使である。高麗連邦によるデモの計画・実行の可能性が極めて高い。高麗連邦に 対し、今回の事件及び朝鮮半島で進行中の人権侵害に対する検証団の受け入れを要求する」 との決議を全会一致で採択 7月20日  平壌放送が金正日の声明を放送。「北朝鮮を敵と見なす国には断固として立ち向かう。 たとえ世界が相手でも、共和国を滅ぼそうとする帝国主義者は一人残らず業火に焼き尽く されるだろう。日本を見よ。世界には我々と共に戦う平和主義的進歩的分子が数多く存在 する。朝鮮人の殺戮を止めようとしない国は、絶え間ないテロの悪夢に怯える事になるだ ろう」との発言は、事実上日本で連続して発生しているテロ事件と北朝鮮との関連を認め たものと見なされた。 7月23日  連続テロ事件の首謀者、イ・デオンが逮捕される。「北朝鮮には、80年代に獲得・教育 した7万人以上の特殊工作員が存在する。多くは韓国籍として半島の内外で活動を続けて いる」と供述。世界各地で急速に韓国人に対する警戒感が強まる。 8月上旬  世界の韓国・朝鮮人に対する警戒感が頂点に達し、多くの国で朝鮮人を対象とした暴動 が頻発する。世界の殆どの国で朝鮮・韓国籍の移住者に一時帰国命令・勧告が出される。 8月11日  鄭夢準首相より日米首脳に「この危機的状況を打開するために三ヶ国会談を行いたい」 と表明。 8月12日  日本は西村特別大使、アメリカはケネディ国務副長官の派遣を決定。8月14日に訪朝へ 8月14日 09:00  金正日、ソウルに到着した日米訪朝団及び報道陣をその場で拘束。高麗連邦は国連の脱 退を表明、日米露中に対して宣戦を布告。第二次朝鮮戦争(半島動乱)の勃発。 8月15日 09:15  対馬沖にて海上保安庁の巡視船「いずな」が高麗連邦海軍に攻撃され大破。「いずな」 は乗員の7割を失いながらも対馬に高麗連邦海軍の来襲を通報。その後「いずな」は拿捕 され、その時点で生存していた乗員も虐殺される。 8月15日 10:45  佐世保から日本海軍護衛艦隊が出撃、所謂「日本海海戦」が対馬沖から日本海にかけて 行われる。高麗連邦海軍に対して対艦ミサイル70発による攻撃を行い、一隻を残し全てを 撃沈。護衛艦隊に損害なし。あまりの一方的戦果に一部マスコミでは、この艦艇は亡命を 求めて日本に向かった脱走兵の集団だったとの報道も。 8月15日 11:00  北朝鮮からの核装備IRBMが長崎県佐世保沖に着弾。死者270人、負傷者7,800人。佐世保 市民と日本海軍軍人、米海軍軍人、佐世保の基地施設と在泊艦艇に大きな被害を受ける。 後にこの攻撃は海上を標的とした攻撃の誤爆と判明する。 8月15日 11:15  日米首脳電話会談。石原首相からブッシュに対して「北朝鮮攻撃そのものには異存は無 いが、6時間だけ待って欲しい。日本人救出を試みる」と要請。協議の結果、報復攻撃は 即座に開始するものの、当面はICBM発射基地のみに限定することが決定される。 8月15日 11:30  ブッシュ大統領、太平洋を遊弋する戦略ミサイル原潜に対して核攻撃命令を発令。北朝 鮮のICBM基地が壊滅。北朝鮮はアメリカに対する核報復能力を失う。 8月15日 12:15  日本陸軍第一空挺団が北朝鮮に強襲空挺降下。日本空軍のAC130の援護の元、平壌郊外の 特殊施設に監禁されていた横田めぐみさんを始めとする日本人拉致被害者、西村特使、ケ ネディ国務副長官及び随行した報道陣を救出。同時に日本に向けられていた弾道ミサイル の基地を破壊し無事脱出。この際、投降を望む一部兵士によるてクーデターが発生し鄭夢 準首相は射殺されるが、この人物は影武者であった。 ※なお、一部メディアに「この作戦には米英露特殊部隊の共同作戦であった」「米情報 機関CIA、NSA、英情報部SIS、イスラエルのモサドの支援を受けた」との報道がなされた。 また、対放射能・生物兵器装備として「HADES」と呼ばれる特殊装備が使用されたと も言われたが、政府はいずれに関する論評も避けている。 8月15日 14:45  ブッシュ大統領、朝鮮半島に対して無差別戦略核攻撃を開始。朝鮮半島内の主要都市と 軍事拠点に対して数十発の百Kt級熱核弾頭を用いて攻撃。数分で朝鮮半島全土の主要部 及び人口密集地帯を焼き尽くし、最初の十分間で1,000万人を、10日以内に5,000万人以 上が死亡したと推定される。 8月15日 15:55  北朝鮮から中距離核弾頭ミサイルが発射される。一説には、暗号化されていない音声に よる指示で発射が指示されたのを米NSAが傍受、担当者が「こんな汚らしい声、いや、音は 初めて聞いた」と顔をしかめたという。 8月15日 16:12  北朝鮮からのIRBMが金剛山に着弾。金剛山ダムが決壊し洪水が発生。 8月15日 16:13  北朝鮮からのIRBMがソウルに着弾。一部マスコミには韓国のIRBMが事故で自爆したとの 説も報道された。 8月15日 16:14  北朝鮮からのIRBMがウラヂオストックに着弾。ロシアは即座に核弾頭搭載ICBMによる報 復を実施。 8月15日 16:15  北朝鮮からのIRBMが大連および北京近郊に着弾。北京郊外にて核爆発発生。原因は   (1)日本に向けたミサイルが逸れた   (2)中国経由で密輸を図った北朝鮮製核爆弾の事故による爆発   (3)中国製核爆弾の事故による爆発。北朝鮮に罪をなすりつけた 等、諸説ありまだ確定されていない。しかしながら中国は即座に核弾頭搭載IRBMによる報 復を実施。 8月15日 16:20頃〜  朝鮮半島主要都市にロシア及び中国の核弾頭搭載ICBM/IRBMが次々に着弾。アメリカの 核攻撃を免れていた都市でも、衝撃波のみで次々に市内の建物が崩壊。 8月15日 17:30  平壌市内の主要な建造物は全て倒壊。都市としての機能を停止する。 8月15日 17:45  ソウル市内の主要な建造物は全て倒壊または水没。都市としての機能を停止する。 8月15日 19:00  38度線を挟んで、旧北朝鮮軍及び旧韓国軍がお互いに南北へ進行を開始。が、何故か戦 闘は発生せず。 8月15日 20:30  キョンサンホクド要塞が、何も攻撃を受けていないのに何故か崩壊。 8月15日 23:00  鄭夢準が突如米国に現れて亡命政権の樹立を宣言。が、世界から完全に黙殺される。 8月15日 23:15  青瓦台爆破事件以後姿を隠していた盧武鉉が、突如廃墟となったはずのソウルに何故か 共産政権の樹立を宣言。が、もちろん世界から完全に黙殺される。 8月15日 23:30  李会昌が、突如釜山に救国統一政権の樹立を宣言。が、これも世界から黙殺される。 8月15日 23:45  朝鮮半島の至るところから無線及びE-Mailで救国軍事戦線、臨時政権樹立の宣言が乱発 され、世界から呆れられる。インターネット巨大掲示板「2ちゃんねる」で、幾つの政権 が樹立されたか数えてみよう、という「祭り」が立ち上がったが、結局「ハム無線以上の 出力の無線送信機を持ってる香具師の数だけゼンブ」という結論に落ち着き自然消滅。 8月16日未明から午前中  朝鮮半島では軍隊同士の先頭は一切発生せず。ただひたすら旧北朝鮮軍は韓国の、旧韓 国軍は北朝鮮の、一般市民に対する略奪・暴行・虐殺を繰り返す。 8月16日午前中  「血のチュソクの惨劇」事件が発生。セウォン市に篭城した軍人が、市と周辺の住民に 手榴弾を持たせ強制的に特攻させた。拒絶した住民は虐殺され、結果、住民63万人のほ とんどが死亡。 8月16日 13:00頃  喜び組の構成員が暴行の対象となったことに激怒した金正日が、全ての化学兵器弾頭・ 生物兵器弾頭を装備した武器を旧韓国および旧韓国軍(つまり朝鮮半島全土)に向けて発 射する。 8月16日 14:45  日中露三ヶ国の緊急要請に基づき、米第七艦隊及び在日米軍が航空機による朝鮮半島爆 撃を開始。化学兵器・生物兵器が朝鮮半島外に被害をもたらすことを避けるために、戦術 核兵器及び気化爆弾により半島全土を無差別に焼き尽くす。 8月17日未明  米軍の朝鮮半島空爆は夜を徹して行われる。20年ぶりに宇宙から、夜間でも朝鮮半島の 形が肉眼で視認可能となった。 8月17日 10:30  「能登原発占拠事件」発生。工作員と思われる朝鮮人が能登原発を襲撃し、原子炉容器 の爆破を試みたものの失敗、原子炉の中に突入し自爆しようとしたが、中心部にたどり着 く前にゲリラが被爆してしまい死亡。未遂に終わる。 8月17日 14:00  米軍の発表によれば、この時刻前後に金正日は平壌近郊の地下壕もろとも核攻撃を受け て蒸発したものと判断されるが、以降も目撃証言が相次ぐ。多くは懸賞金狙いのデマで あったが、ある程度信頼性のある情報もある事から、金正日生存説が永く語られる。 8月17日 16:00  鄭夢準、核攻撃の寸前に朝鮮半島を脱出して済州島に脱出。激怒した民衆に撲殺された と伝えられたが、この男も影武者だった。 8月18日 04:05  旧北朝鮮の大部分が海中に没する。公式には米中露の戦略核兵器の集中使用の結果とさ れているが、対馬に殆ど被害が無かったこと、残留放射能レベルが(もたらされた結果に 比して)極めて低レベルな事から、小惑星を用いた質量兵器等の新兵器の存在が、一時は 広く信じられた。 なお、後に一部雑誌に「光る巨人」「4枚の翼」等の写真が掲載され一時ブームを巻き起 こしたが、出版社上層部の「あれはCG合成。ファンタジーです」との記者会見で急速に 沈静化した。 8月18日午後〜夜  この非常事態においてもテレビ東京は頑固に放送予定を守り通す。NHK教育を含めた他の 全ての放送局が特番を放映する中で「ムーミン」を放映し続けたその姿勢は、一部から絶 賛を浴びる。 8月22日  鴨緑江より旧北朝鮮領に中国人民解放軍が進駐。以後、延辺朝鮮族自治区と政治 的に統合され「朝鮮民族保護区」となる。 8月24日  元山よりアメリカ軍が上陸。海軍の徹底した爆撃・砲撃の後に海兵隊・第三海兵遠征軍 が上陸。朝鮮戦争の戦訓を十分に生かした米軍は、進行方向及び左右を全て気化爆弾また はナパームで焼き払ってから前進するという進駐方法により、ほとんど損害を受けずに前 進する。 9月 5日  米軍と中国人民解放軍が接触。   (1)核兵器を始めとする大量破壊兵器の国際監視下での廃棄   (2)中国国境の完全封鎖   (3)船舶の占領軍による完全管理  の三項目に同意。同意項目の実現後、米軍は完全撤退することを表明。 9月中旬〜下旬  朝鮮民族保護区における中国人民解放軍の略奪、暴行、及び証拠隠滅の為の放火が頻発、 国際的批判を受けるも、朝鮮民族保護区の住人は人民解放軍の進駐を熱狂的に歓迎、非難 は立ち消えとなる。 10月10日  竹島に日本海軍海兵隊が上陸。石原総理が竹島が日本の実効支配に復した事を宣言する。 同日、本土に見捨てられ餓死した旧韓国駐留部隊を日本海軍海兵隊が水葬に付す。 10月18日  全国に存在する焼肉店経営者団体が合同で記者会見。「自分達は独裁に反対したために ずっと睨まれていた。朝鮮半島の消滅を心から喜んでいる」と発言。世論の猛反発を受ける。 10月19日  全国に存在するパチンコ店経営者団体が合同で記者会見。「自分達は騙されていた。 朝鮮総連に協力を強制されていた」と発言。しかし朝日新聞及びテレビ朝日が、過去の 朝鮮総連及び社会党との癒着を同時に報道、さらに世論の猛反発を受ける。 10月20日  全国に存在する風俗店経営者団体が合同で記者会見。「残虐な金正日体制が今まで存続 してきたのは日本の経済支援によるものである。日本は戦災被害者に対して責任をもって 謝罪と賠償を行うべきである」と発言。しかし朝日新聞及びテレビ朝日が、土井社民党党 首、野中元自民党幹事長、橋本元総理の北朝鮮援助の闇還流疑惑を報道。世論の反発は 頂点に達する。 10月21日  平沢国家公安委員長が国会答弁で「旧北朝鮮に関する疑惑はこれを徹底的に調査する。 国会議員であろうと党首であろうと、聖域は一切設けない」と発言。更に江藤法務大臣が 「北朝鮮と韓国の同時消滅によって、制度の意義は失われた」として、特別在留許可、 通名使用など、所謂「在日朝鮮人」に与えられていた特権を全て廃止する方向で検討して いると発言。 12月 1日  スウェーデンのノーベル賞選考委員会は、全会一致で旧韓国の金大中大統領(生死不明) に与えられたノーベル平和賞の剥奪を決定。史上ただ一人、授与後にノーベル賞を剥奪さ れた受賞者として歴史に名を残す。 12月 5日  北朝鮮対テロ特別法及び関連法改正案が国会を通過。平成17年1月1日より施行される。 特別永住許可の廃止、朝鮮総連及び民団の非合法化、犯罪を犯した朝鮮人、及び協力した 日本人の朝鮮自治区への強制送還、帰化申請時における脱税を含めた犯罪歴の調査などが 盛り込まれる。 また、同時にスパイ防止法も成立。金銭その他の利益を受けて日本の国益に反する行為を 行うことが禁止される。こちらは即日施行。 12月15日  社民党が、パチンコ業界・焼肉業界からの不正献金による政治資金規正法及び外為法違 反の疑いで家宅捜索を受ける。翌日未明、土井党首他数名の社民党議員が同容疑及び脱税 の疑いにより逮捕。後にスパイ防止法でも追起訴される。 平成17年 1月 1日  北朝鮮対テロ特別法に激情した一部朝鮮人が大大阪帝国飯店を中心とした鶴橋一帯を占 拠、大大阪帝国を名乗る。政府は直ちに周囲を完全封鎖し説得に当たる ※数年後に石原総理が側近に「付近住民には気の毒だが、ムリに突入して日本人の命を  犠牲にするには忍びない。島原の乱に学ぼう。内部に日本人が居ないことを確認して、  適当に説得するフリをしておくように。完全に流通を遮断して、後はほっておけ」  と命じた、との記事が一部メディアで報道された。 1月 5日  政府は所謂「大大阪帝国」事件に対応して、朝鮮総連及び民団に破壊活動防止法を適用。 両団体を非合法化すると共に民族系金融機関を一斉に摘発、脱税及び外為法違反により責 任者を逮捕。以後、芋づる式に次々と朝鮮人預金者が脱税で摘発される。 1月15日  所謂「大大阪帝国」内部にて、食料配分をめぐって内部抗争が発生。以後恒常的に事件 終結まで内部抗争が続く。 2月 5日  朝鮮半島は放射能の減衰する2104年まで百年間閉鎖される事が国連安全保障理事会で決 議される。 2月19日  済州島に旧朝鮮半島からの難民が殺到、スラム化が深刻な問題となる。旧韓国の官僚・ 軍人が中心となって、済州島に「新大韓共和国」の樹立を宣言。が、今度は一カ国からも 承認されなかった。後に済州島は「アジア最悪の犯罪島」として日中露の共同管理の元に 封鎖される。 3月10日  鶴橋一帯を占拠していた朝鮮人が排除される。所謂「大大阪帝国」事件が終結。食中毒 発生により抵抗を断念したとの声明が出されるものの、実は内部抗争により殆どが死亡し、 封鎖地帯内部に残る朝鮮人は10人前後であったとも伝えられる。 4月15日  IHOが旧北朝鮮地帯の水面を「満州海峡」と暫定的に命名する。が、一部報道機関で は引き続き「北朝鮮海峡」も使用。しばらくは併記が続く。 5月21日  島根県竹島に「日中友好の家」通称ヒロムハウスが完成。後に、一部建設業者との癒着 が指摘された野中元自民党幹事長が議員辞職する事件に発展。 6月上旬  第二次朝鮮戦争時に対馬沖で撃沈された武装難民船に金正日が乗船していたとの情報が 一部マスコミで報道される。旧KCIAとアメリカCIAが金正日拘束の為に対立しているとの 報道も。 8月中旬  日本における最後のパチンコ店が閉店。以後「パチンコ」という言葉はスリングショット の和名としての意味しか持たなくなる。 8月下旬  旧韓国サムスン製家電製品の価値が上がり始める。稼動状態にあるものは極めて少ない 為、一部でプレミアも。 9月中旬  旧韓国ヒュンダイ製自動車の価値が上がり始める。オリジナルの数が少なかったことに 加えて動体保存されているものは極めて少数のため、状態の良いものは数十万円の価格が つくことも。 10月下旬  旧韓国の500ウォン硬貨の価値が上がり始める。特に変造加工されていないものは非常に 稀な為、状態の良いものは数万円の値段がつくことも。 11月 3日  ウラジオストック及び大連において小児ガンの発生率が急増。北朝鮮が意図的に劣化ウ ランを核弾頭に混入させていたためと判明。世界の朝鮮人感情が更に悪化。 12月10日  中国、犯罪率の激増を理由に朝鮮自治区の封鎖を決定。自治領の境界を周囲を高さ3m の鉄柵で囲う。 12月21日  中国、朝鮮人の国外持ち出しを禁止。輸出先の生態系を破壊する恐れがあるという理由 による。 平成18年 1月  センター試験科目から「韓国語」が削除される。一部朝鮮人が文部科学省に抗議として 人糞を郵送。脅迫、威力業務妨害及び郵便法違反により朝鮮自治区へ強制送還される。 2月  鄭夢準夫人が記者会見(ただし取材は聖教新聞のみ) 「主人は全地球市民の為に金正日に近づいたのです。ああやっておだてる事でおとなしく なるだろうと。その主人の緻密な戦略をおろかな日本人がつぶしたのです。主人を殺した のは日本軍です。主人の血が絶えるまで、いえ絶えても日本人は永遠に主人を烈士として たたえなければなりません。靖国神社に祭って、戦争終結記念日に主人に向かって感謝を する義務があります。そして私達遺族にも補償と謝罪が必要不可欠であり、日本国民の当 然の義務です。私達に特別移住資格の復活適用と皇族並の待遇を求めます」 これを聞いた日本遺族会は 「馬鹿も休み休み言え。靖国神社は日本の為に死んでいった命への感謝をする場だ。 大統領になれなかった腹いせで戦争を起こしたのだろうが!」と一蹴。 日本政府、鴻池官房長官は記者会見にて 「まぁ、伝聞によれば鄭夢準夫人は鄭夢準に裏切りを強く勧めたそうですな。夫が夫なら 妻も、ということでしょう。政府は一切無視します。メディアにも冷静な対応をお願いし たい」と述べる。 ※一説には平成21年現在も夫人と一族は日本国による国葬と遺族への補償を要求。5万年 間、年5億円の支払いを求めて東京地裁に訴訟を起こす予定との事。 3月  イスラエルとパレスチナとの電撃的な和解が発表される。イスラエルは国連で定められ た暫定国境線まで後退。水源問題についてはこれも暫定的に国連が管理し、日本が中心と なって海水淡化プラントを両国に建設・提供することで合意。エルサレムはエルサレム市 国となり、ユダヤ教・バチカン(カソリック)・イスラム教より一名づつ代表者を選出し これを統治することとなる。 4月  日本海放射能中和プロジェクトが開始される。石原総理を始めとした政府及び日本海軍、 全日本漁業組合連合会が中心となって、全国の中小企業が参加。「一千年は死の海だ」と いわれた日本海北西部の放射能中和作業が開始される。 プロジェクトは12年がかりで完了。このプロジェクトは放射能被害対策技術及び海流制 御技術という大きな副産物を日本にもたらした。 ※平成21年、このプロジェクトを特集したNHK番組「プロジェクトX」が放映され、大きな 反響を呼ぶ。 平成19年 1月  NHK大河ドラマ「覇韓王・HIDEYOSHI」放映開始。これまでに無い大胆な解釈の豊臣秀吉 が描かれ話題となる。 2月  SF映画「タイムスリップ・コリア」封切り。核兵器による攻撃の中、地球は小さな時空 のゆがみの中を通過。19世紀の地球にタイムスリップした朝鮮半島の物語。自給自足体制 の確立と基礎工業力の大切さを描く。 平成20年 1月  NHK大河ドラマ「坂の上の雲」放映開始。大胆な原作の解釈と、若者向けの視聴者拡大 を狙った斬新な演出が賛否両論を巻き起こす。 2月  パニック映画「地球の静止する日」封切り。朝鮮消滅に大胆な仮説を用いた特撮映画。 シズマドライブの美しい描写と朝鮮消滅のSFXが話題に。 6月  FIFAが2002年W杯開催国を日本のみに修正。 7月  鄭夢準、6月のFIFAの決定に抗議し、何故か日本国会前でプラカードを掲げハンスト。 が、あっさりと警備員に排除されその後の消息は途絶える。朝鮮自治区へ強制送還された ものと推定される。 8月  北朝鮮対テロ特別法改正案が提出される。朝鮮人の場合は微罪でも五回の犯罪歴で懲役 15年という内容に、国民の間に憲法違反、人種差別との反対意見がおこる。 9月  大阪にて朝鮮人による小二少女暴行事件発生。その模様がTVでも報道されたため、反対 の声も多かった北朝鮮対テロ特別法改正の機運が一気に高まる。 10月中旬〜  水面下で、中露両国の実務者レベルでの国境の再確定作業が始まる。蓮池外務大臣がこ れを察知、漁業権交渉は三ヶ国協議とすることを強く申し入れたとの未確認情報も。 11月  「北朝鮮対テロ特別法」改正。通称「朝鮮人3アウト法」。「どんな微罪でも三回の犯 罪歴で死刑となる。ただし、本人が朝鮮自治区への送還を希望した場合は送還」という修 正を経て国会を通過。 同時に、時限立法であった「国家非常事態対処特別法」の消滅を受けて「国家非常事態法」 が成立する。 平成21年 1月  公明党及び創価学会が共同で旧朝鮮半島難民への炊き出しを行うが、わずか数十人分の 炊き出しに数千人の朝鮮人が殺到、炊き出しに当たった創価学会員が撲殺されるという事 件が発生していたことが数年後に発覚する。この事実を公明党は完全に隠蔽し、炊き出し は平成22年まで続けられたが、規模のあまりの小ささも相まって、聖教新聞以外のマスコ ミに報道されることは無かった。 2月上旬〜  日本各地にて朝鮮人のホームレスによる公園占拠が問題となり始める。生野や大久保で は深刻な社会問題に。 2月下旬  新大久保にて金日成・金正日ピンバッチを売っていた朝鮮人が他の朝鮮人に撲殺される 事件が発生。一部には、被害者は殺された後、周囲の朝鮮人の食料になったとの報道もあ った。 3月  元朝鮮人の経営していたパチンコ店、焼肉店、風俗店の跡地利用問題について、石原総 理が国営カジノ設立構想を明らかにする。北海道・東日本・西日本・四国・九州の五地区 毎に公社を設立し、利益を第二次朝鮮戦争の国内被害者への支援と、太平洋戦争後に元朝 鮮人に不法に土地を収奪された地権者に対する補償とする事を表明。 4月  国連、日本に対し旧朝鮮半島諸島(高麗群島/朝鮮群島)の委任統治を要請。賛否両論 が沸き起こるも、日本政府はこれを承諾。 5月  元サッカー韓国代表チームのアンジョンファンが、大阪のうどん屋にて無銭飲食で逮捕 され、即日、朝鮮民族保護区に強制送還される。 6月  平成15年からの景気拡大が収束。後退局面に。 7月  朝鮮人博物館が開設される。 8月  府中刑務所が、刑務所の統廃合に伴い閉鎖に。朝鮮人の減少に伴う受刑者の大幅減に対 応して。 9月  朝日新聞、東京スポーツ新聞社との合併を正式発表。が、記者会見上には誰も姿を見せず。 12月  土井元民社党党首が刑務所より出所。北朝鮮対テロ特別法により朝鮮自治区に強制送致。 平成22年 1月  日本海西部地震発生。旧朝鮮半島諸島(高麗群島/朝鮮群島)の大部分が海中に没する。 日本、統治対象の消滅を理由に旧朝鮮半島諸島の委任統治の終了を国連に通知、了承される。 2月  景気、回復局面に。この半年間の不況は一部で「あの国のあの法則不況」と呼ばれる。 3月  対馬沖にて操業中の漁船にて、未確認生物が発見される。生物学者の反対を押し切り、 政府が根絶指定へ。顔は人間に多少似ているが、エラが異常発達していると伝えられる。 4月  黄海付近で海が赤くなる現象が頻発する。あるコメディアンが「紅海と改名しよう」な どと発言するものの、漁業に対する影響は深刻であった。 8月  日本海西部にて大規模な赤潮が発生。原因は海底のカプサイシンと推測される。日本海 放射能中和プロジェクトにカプサイシン対策部隊が新たに設立される。 平成26年 2月21日  所謂「さいたまの乱」発生。未だ日本に残る朝鮮人・在日朝鮮人が協力し、新しい朝鮮 国を造るため、埼玉県の割譲を要求して埼玉県内のと某病院を占拠、立てこもった。3月 4日に鎮圧される。これにより国内の朝鮮人は絶滅したとされる。